東京高等裁判所 昭和55年(ネ)2509号 判決
一 労働組合においては、その運動の進展過程で、運動の在り方等をめぐり組合内部に深刻な対立関係が生じ、これを契機として一部の組合員が集団的に組合を離脱し、新たな組合を結成することにより、あたかも、もとの組合が二以上に分れたものと映ずる事態を生ずることはしばしば見られる現象である。一般にこの現象を労働組合の分裂と称しているが、これはあくまで組織上に現れた一つの現象形態にすぎず、法律的には一部の組合員が集団的にもとの組合を脱退して新組合を結成する一方、もとの組合は残留組合員によってその存続が維持される関係として把握され、新組合はもとの組合が保有する財産につき権利を主張できないと解されるのが通常である。しかしながら、労働組合の分裂が組織上に現れる一つの現象形態である以上、その態様はさまざまであり、なかには深刻な内部対立により組合の統一的組織体としての存続・活動が極めて高度かつ永続的に困難となり、もとの組合が統一的組織体としての実体を失つて形骸化するなかで相対立する二若しくはそれ以上の集団がそれぞれ別個の組合に自己分解していくと評価される形の分裂現象が想定されないわけではない。そうだとすれば、このような態様の分裂現象を前述した一般法理によって律することはその実体に則しないおそれがあり、したがって、このような場合には、その実体に則応して、いわゆる組合の分裂という特殊な法理(労働組合において、その内部に相拮抗する異質集団が成立し、その対立抗争が激しく、多数決原理がその機能を停止し、その組織的統一体としての存続・活動が極めて高度かつ永続的に困難となり、各集団が二個以上の組合に分離独立するにいたるという事態が生じた場合に、もとの組合の財産につき新組合に権利を肯定するという法理)を適用すべきか否かを検討する余地が生ずるものと解すべきである(最高裁判所第一小法廷昭和四九年九月三〇日判決、裁判集一一二巻八一九頁参照)。
二 そこで、本件につき右にあげた特殊な法理を適用することの是否を検討する余地があるかどうかについてみるに、前認定の事実関係によれば、次のようにいうことができる。
1 プリマ労組においては、いわゆる昭和四六年春闘での一二波にも及ぶストライキの実施を契機として、その内部に食品労連の指導のもとでの組合運動の在り方に対する批判が高まり、食品労連脱退賛成派と同反対派との対立関係を生ずるに至った。第九回臨時全国大会は、昭和四七年九月の第八回定期全国大会以来の懸案であった食品労連脱退問題について最終的な決着を図ることを主たる目的として開催されたものであり、第八回大会の決定に従い中央執行委員会の手によって招集され、各支部ごとに組合規約に基づいて選出された代議員が出席し、同規約三五条所定の定足数を満たして成立した。このことからすれば、当時、プリマ労組には内部に前記のような対立関係が存したとはいえ、その組織的統一体としての存続・活動を困難にするほどの事態が生じていたわけでないことは明らかである。
2 ところで、右大会は、その主たる目的である食品労連脱退問題についての決着はもとよりのこと、第八回大会以来欠員となっていた中央執行委員の補充選出さえできないまま、混乱のうちに流会となった。この点では右大会は、組合の最高の意思決定機関としての機能を果たし得なかったわけであり、当時の代議員の色分けでは食品労連脱退賛成派が同反対派を数のうえで上回るとみられる形勢にあったことからすれば、大会が、右賛成派の意思に反して食品労連脱退問題につき賛否の採決をしないで終ったことは、右大会では多数決原理が十分に機能しない状況であったといえないわけではない。
もとより、右大会は、食品労連脱退賛成派と同反対派との、いわば最終的な対決の場となったわけであるから、会議の冒頭、審議開始時間の繰下げや岡村食品労連委員長の臨席問題をめぐって紛糾したことにみられるように、両派の思惑が入り乱れ、対決意識が剥き出しになるという異常な雰囲気のなかで開会されたことは容易に推認し得るところである。とくに、会議の進行過程で脱退反対派とみられる大川代議員や古田代議員らが、食品労連脱退問題についての中央執行部による議案の提出方法、とりわけ議案上右の問題に対する中央執行委員会としての見解が明確にされていないことを取り上げて批判したり、脱退賛成派と目される高橋副委員長に対し企業合理化問題についての質問を繰り返し、さらには審議不十分を理由に食品労連脱退問題について賛否の採決を行うことに異を唱え、その都度多くの時間が費されたことからすれば、右両代議員をはじめとする脱退反対派は、大会で食品労連脱退問題につき賛否の採決が行われれば、当時の代議員の色分けからして自派に不利な結果が現われることを見越して、時間切れによる審議打切りを図って審議引延ばしの挙に出たものと推認することができる。このような状況下で、脱退賛成派の川島代議員は、審議日程が大詰を迎えているのに、一向に賛否の採決に入れない議事の進行状況に業を煮やし、議事混乱の責任を中央執行委員会に向け、同委員会全員の不信任動議を提出したわけであるが、大会は、これが可決された場合の事態の収拾について明確な見通しを持たないまま、右動議を採択し、賛成多数で可決してしまった。そのため中央執行委員らは、進退に窮して全員大会会場から退場し、続いて脱退反対派の代議員らも退場するにいたったため、大会は、それ以上審議を続けられず、解散せざるを得なくなったものである。
してみると、プリマ労組の第九回臨時全国大会が食品労連脱退問題を主要な議案として開催されながらこれについて決議をすることができないまま流会となったのは、食品労連脱退反対派による審議引延ばし戦術によって議事が混乱しその進行が停滞するなかで、脱退賛成派の川島代議員から提出された中央執行委員会全員に対する不信任動議が可決され、これが契機となって中央執行委員らに続いて脱退反対派の代議員も退場するという予期しない事態の出現によってもたらされたものであって、第九回大会が右のような結末に終ったことから直ちにプリマ労組の全国大会が将来にわたってその最高の意思決定機関としての機能を失ったということはできない。当時、すでに多数派を形成していた脱退賛成派としては、第九回大会後においても、その後の情勢の推移を見定めつつ時期を選んで全国大会の招集を要求し(《証拠》によれば、組合規約一二条は、組合員の三分の一の連署により臨時全国大会の招集を要求することができる旨を規定していることが認められる。)、全国大会の場を通して食品労連脱退問題についての自らの主張を実現していくことは必ずしも不可能なことではなく、脱退賛成派の右のような努力にもかかわらず、全国大会が開かれないか、若しくは開かれても審議が行えないような状態が恒常化することによって、はじめて全国大会はその機能を喪失したということができるのである。
3 プリマ労組の中央執行委員会は、組合規約上一〇名の中央執行委員によって構成されることになっているが、第八回大会においては、食品労連脱退賛成派と同反対派との対立関係を反映して候補者のうち六名について信任が得られるにとどまり、次の第九回大会で補充することを前提に、第八回大会後の中央執行委員会は構成員六名という変則的な体制(いわゆる責任執行体制)で発足した。しかも、右中央執行委員会内にも食品労連脱退賛成派と同反対派との対立関係が持ち込まれ、食品労連脱退問題について中央執行委員会としての統一見解を打ち出せず、同委員会は、第九回大会において受け身の立場に終始し、強力な指導力を発揮することができなかった。これが第九回大会を混乱に導いた要因の一つであり、その責任を問われる形で不信任動議が可決されるにいたっては(右不信任決議が有効に成立したこと及びこれによって中央執行委員の地位・権限が何らの影響を受けるものでないことについては、原判決七三丁表八行目の「そこで」から同七五丁表四行目末尾まで<但し、同七五丁表一行目冒頭の「(三)」を削る。>に説示するところと同様に判断するので、これを引用する。)、第九回大会終了後の時点では中央執行委員会は、その職責を遂行することが極めて困難な状況に立ちいたったというべきである。現にそのために中央執行委員のなかには非公式ながら辞意を表明する者もあり、一方、山崎委員長は中央執行委員会の討議に付することもしないで全組合員に向け右不信任決議について独自に山崎見解を発表して食品労連脱退賛成派の反発を買い、事態を一層混乱させるなど、第九回大会終了後においては、中央執行委員会は統一的な活動ができず、停止した状態にあった。
しかしながら、右不信任決議によって中央執行委員会の地位・権限が失われるわけではなく、同委員会は依然として存続しているわけであるから(不信任動議が可決された直後中央執行委員らが大会会場から退場したことによって辞任の効力が生じたとは解されないことについては、原判決七五丁表五行目の「原告は」から同七六丁表四行目末尾までに説示するところと同様に判断するので、これを引用する。また第八回大会後の中央執行委員会が構成員六名という変則的な体制で発足したことは前述のとおりであるが、これが第九回大会で正常化されなかった以上、右変則的な体制は次の全国大会で正常化されるまで継続すると解するのが相当であり、これと見解を異にする控訴人の右の点に関する主張は採用できない。)、中央執行委員会としては、第九回大会後においても、事態の推移を見定めつつ、時期を選んで再度全国大会を招集し、自らの信を問い、新たな執行体制を整えることは可能であり、そうすることが前述のような状況に立ちいたった中央執行委員会の責務であるということができる。してみると、第九回大会後、中央執行委員会が機関としての統一的活動をすることができず、停滞の状態に陥ったからといって、直ちにプリマ労組の中央執行委員会が将来にわたり完全に機能を停止し、規約に則り統一活動をすることが全く不可能になったと断定することはできない。
4 控訴人は、プリマ労組は中央執行委員会を代行する世話人会を解散させたことによって完全に執行機関を失うことになり、組合の存立と民主的運営が決定的に不可能になって解体したと主張するが、これを採用することができない。その理由は、原判決七七丁裏九行目の「しかしながら」から七八丁裏末行目末尾まで(但し、同七八丁表一行目冒頭の「(三)」及び同丁裏八行目冒頭の「(四)」をそれぞれ削る。)に説示するところを引用するほか、次の説示を付け加える。
前示のように、第九回大会が流会となったあと、各支部執行委員長からなる「世話人会」による事態収拾のための調整工作は奏功しなかったが、右調整工作は、大会が流会となった直後の、組合内部が最も混乱していた時期に行われたものであって、これが成功しなかったからといって、事態収拾の途が全く失われたとはとうていいえない。むしろ、第九回大会後の混乱した組合の内部を調整し、統一的な組織体としての体制を整備する作業は、元来、中央執行委員会が中心となって、情勢の推移を見定めつつ、拡大中央執行委員会(組合規約二三条)、中央執行委員会(同一七条)、全国大会(同一一条)等の機関を通して粘り強く続け、問題を解決すべきものである。
5 これを要するに、プリマ労組は、その内部に食品労連脱退賛成派と同反対派との対立関係が生じ、第九回臨時全国大会では両派の激しい対立抗争により会議の運営が困難となって流会のやむなきにいたり、その余波を受けて中央執行委員会も十分にその機能を果たすことができなくなり、組織的統一体としての活動が困難な状態に立ちいたった。しかしながら、このような組織上の混乱状態は、早晩、多数決原理に基づく組合員の総意によって解消されるべきものであり、とくにプリマ労組においては、第九回大会当時、食品労連脱退賛成派はすでに多数派を形成していたのであるから、その主導権のもとに、体制建直しを図ることも必ずしも不可能なことではなかった。それにもかかわらず、右賛成派は、あえて反対派と袂を分かつ決意で控訴人組合結成の途を選んだのであり、当時は、プリマ労組の第九回臨時全国大会が混乱のうちに流会となって間もない時期のことであり、多数決原理に基づく組合員の総意によってプリマ労組は組織的統一体としての機能を十分に回復する方向に進むのか、それとも、食品労連脱退賛成派と同反対派の対立抗争が限りなく続けられてその組織的統一体としての実体が失われていくのか、なお、情勢は流動的であったというべきである。してみると、当時、プリマ労組は多数決原理がその機能を停止する状態にあったとまでみることはできないし、またその組織的統一体としての存続・活動はいまだ極めて高度かつ永続的に困難な状態にまでは達していたということはできず、控訴人組合は、食品労連脱退賛成派が同反対派との対立抗争のすえ、プリマ労組を集団的に離脱して、新組合を結成したとみるのが相当であり、一方、その後、プリマ労組は残留者によって内部体制の整備が図られ、被控訴人組合として引き続き活動しているところからすれば、その間に組織的同一性を損うことなく存続しているものということができる。
(岡垣 磯部 大塚)